キューバと日本の国交の歴史
西インド諸島の西部、カリブ海に浮かぶ島がキューバです。
キューバは1942年にコロンブスが発見し、その後スペインが植民地化したことも有名ですね。
現在は日本でも人気のある、観光地の一つにもなっています。
そんなキューバですが、実は古くから日本と国交があることをご存知でしょうか?
今回は日本とキューバの国交についてご紹介します。
国交の始まりは江戸時代?!
最初に日本とキューバとの国交があったのは、1614年、スペイン国王とローマ法王のもとに伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節が日本の江戸を出発した1年後です。
日本からスペインを訪れる時に途中で寄ったキューバは、7月23日から8月上旬まで約2週間滞在したといわれています。
その後豊臣氏が滅亡したことでキリシタンが禁止され、日本とキューバとの国交が正式に結ばれることはありませんでした。
日本とキューバと国交の正式な始まりはキューバ独立にあり
国交が復活したのは、キューバの独立に起因します。
最初に日本がキューバを訪れた1614年から288年後の1902年にキューバが独立しました。
もともとスペインの植民地であったキューバは、アメリカの強い影響下で独立したのです。
国交の正式な始まりのきっかけはキューバの大統領への返書です。
その年の9月10日に当時のキューバの大統領エストラダ・パルマから日本の明治天皇に親書が届きます。
それに対し明治天皇は、日本とキューバの友好関係を希望する返書を送り、国交が復活しました。
そして、1929年2月21日の通商暫定取極締結されたことにより、日本とキューバとの国交が正式に始まりました。
戦争による日本とキューバの国交の中断
1929年に日本とキューバは国交を開始したものの、一度中断してしまいます。
国交の中断の原因は1941年の日本の真珠湾攻撃によって始まった太平洋戦争です。
真珠湾攻撃をした日本に対し、キューバは翌日に宣戦布告し、国交は一時中断してしまいます。
日本とキューバの国交の再開は戦後
戦後、日本とキューバは国交を復活します。
1945年の終戦の7年後の1952年のことです。
1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が締結され、日本が国際社会の一員として復帰します。
そして同年の8月12日にキューバもサンフランシスコ講和条約を批准し、11月12日に日本との国交が再開されたのです。
それ以来、日本とキューバの国交は友好的に続いています。
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まとめ
日本とキューバの国交は、正式に始まってから90年以上ですが、その歴史は江戸時代までさかのぼります。
一度は戦争で国交は中断しましたが、その後の日本とキューバの国交は友好的です。
日本とキューバは政治的にだけでなく、野球や文化的にも交流があります。
キューバとの歴史を知ってキューバを訪れると、また違った魅力を見つけられるかもしれませんね。